半纏

急に思いついて、、箪笥から引っ張り出してみました。


この写真だとかなり青っぽくなっていますが、実際には「紫」です。ものすっごい紫。市民運動会の天ヶ瀬町の町内カラーが紫だったからといった説もありますが、製作当時の細かい事については詳しくは知りません。あー雨が降ると紫が滲んできたりもしましたね。背中の紋は町内の鎮守「八坂神社」から「八坂」部分をデザインした形になっていますが。。。改めて見るとうーん、、当時の製作した方に申し訳無いですが格好悪いですね。

この半纏は囃子連結成時から1995年(平成7年)4月の山車完成記念式典迄使用されました。



1995年(平成7年)の青梅大祭より半纏を変更しました。山車の完成に合わせて半纏も変更した訳です。この形に落ち着く前のプロトタイプは何というか…結構凄い事になってしまいまして、紙で見るデザインと実際半纏になると全然イメージが違うものなんですよね。で、色々削っていってこの形に落ち着いたのですが、、、他町内から「天玉」と揶揄されてしまう事になった悲しい歴史があります。因みに天玉ではなく「天王」です。初代同様に町内鎮守の八坂神社にちなんでいますが、祭神の牛頭天王(素戔嗚尊)からですね。


やっとと言いますか、囃子連のメンバー的にも非常に納得のいく形になった三代目です。当初は茶色になる予定だったのですが、試作品と本品の染が全く異なる仕上げとなってしまい、デビューが1年遅れたという経緯があります。背中の紋は八坂神社の神紋「五瓜に唐花」。確か2003年(平成15年)の青梅大祭からだったかな?


三代目の半纏に切り替えて10年。半纏を新しくしようか?という話が持ち上がりました。ただ三代目、非常に完成度が高いと自負しております。完全に新しいものにするか、このままを使い続けるか議論の結果、三代目の腰に「天」をあしらった、車で言えばマイナーチェンジですね、この形に落ち着きました。現行モデルになります。

因みに三代目より形は丈の長い神輿半纏になっています。


最後におまけで。。被布半纏です。三代目の半纏作成時に一部先行して作ったメンバーのを見て、何で~!作るなら言ってよ~というノリで翌年さらに一部の会員で作ったものです。せっかく後から作るからと、リバーシブルとなっています。表の紋は「素戔嗚尊」たまたま依頼した染め物屋さんに型があったので拝借しました。胸には個人名が入ります。

青梅大祭では被布は禁止なので、、実際は着る機会ほとんど無いのですがこういうのはまぁノリです。朝霧と新年の元旦祭くらいかな着るの。

今回急な思いつきで写真撮ったのですが、アイロンかければ良かったと写真アップしながら思いました。

天ヶ瀬町囃子連

青梅市天ヶ瀬町囃子連のホームページ

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